渋谷区立松濤美術館の開館40周年 特別展示『白井晟一クロニクル』第二部『Back to 1981建物公開』(1月4日~1月30日)が開催されました。
建物公開が気になってこの機会にぜひ見たいと思いながら、気づけば最終日に。
入館予約制なこともあり半ば諦めていたのですが、美術館のサイトをチェックしたところ、キャンセルが出ていたので、スマートフォンからすかさず予約しました。
今回の展示リーフレット
白井晟一は1905年生まれ、京都高等工芸学校図案科(現在の京都工芸繊維大学)卒業した後、ドイツに留学し哲学を学んだり左翼運動に身を投じたり異色の経歴をもつ建築家です。エピソードとして『放浪記』の著者『林芙美子』が世界をひとり旅している際、パリで出会い恋愛関係にあったと言われています。その後、晟一は奔放な芙美子とは別れ、帰国後はさまざまな経緯を経て本格的に『建築家』として個人邸から公共建築まで幅広く設計の世界で活躍します。
建物の見方のポイント
・1981年の渋谷区立松濤美術館建築を楽しむ
・当時の調度品による展示がされている
・通常の美術展とは異なりカーテンを開けた状態で建物をみる
パネルやコレクションによる企画展ではなく建築物を当時のままの状態で公開して『白井晟一の建築の世界』を知るということ。
独自の美学と内面性
港区麻布台の飯倉交差点の坂の上に建つ『ノアビル』。それが東京にある『白井建築』との初めての出会いでした。粗い赤い石の組積のような低層部に上層は黒。シンボリックな塔の様にそびえる建物に圧倒された記憶があります。
『渋谷区立松濤美術館』は白井自身『私の全力をだし切った はじめての作品』と言わしめた素晴らしい建築物です。この建築の特徴は外に対して開口部は少なく閉じていて、施設内部に入るにつれて独自の様式美による劇的でドラマティックな空間が姿を現します。建物の中心の外部の吹き抜け空間から光や空気を取り込み、内部の展示空間に広がっていきます。
見る者の感情に訴える象徴的で緊張感のある空間表現は、まさに記憶の中に刻まれる建築なのではと思います。
美術館正面のこの狭い部分が入口です。
オニキスの大理石の天井のある狭いエントランスからブリッジへ
エントランスからブリッジを渡り、見上げると楕円に切り取った空が見える。
ブリッジを下から見る。B1F~3Fまでの4階分層の高さが抜けている。
下の部分は楕円形の泉に噴水が設置。壮観です。
柱と開口部で構成された吹き抜け空間。外部空間を中に取り込んでいます。
B1Fからブリッジを見上げる。
2Fから1Fのブリッジを見下ろす。
ブリッジを渡り正面の扉を開けると楕円形の弧を描いた回廊に出ます。
地下1Fの展示室から外部を見る。回廊部はこの上の部分。
外部の吹抜けの空間から内部へ360°どの部屋も自然光が入り込む設計になっています。
こちらはロビー入口側から入ったところで、地下1Fの展示室の美術展示用の壁を取り除いた空間が楕円に沿って広がります。
螺旋階段側から入口から入ったところ。こちら側の天井から床面をみると楕円の展示室の曲面が美しい。中央のスリットの開口部の緊張感が全体を締めている。
エレベータホールの壁はアーチを描いていて空間の切り取り方がユニークです。
どの部屋も外部の吹抜けの空間から自然光が入り込んでいます。
所々に四角や円、楕円のヨーロッパ製のフレームの鏡を調度品として置いています。
休憩の椅子は『ミース・ファン・デル・ローエ』の『バルセロナチェアのオットマン』を各所に置いています。
美しい螺旋階段
展示空間を歩いていて、とても好きな空間だったのが大小の螺旋階段室。特に小さいほうの螺旋階段は彼の内面の世界をのぞき見しているような独特の空間でした。
とてもなまめかしく妖しい空間です。
大きい方の螺旋階段。比較的幅を広く取り十分に上下の行き来のすれ違いが可能。
手すりの回り込んだ形状がよいです。
上から下を覗きこんでみると微妙なラインでうねっている螺旋階段。
階段の段差を作為的にみせて連続性を強調しています。
美しいですね。
逆に上を見上げてみる。壁と天井の曲面が不思議な空間をみせている。
手すりの形状も良いですね。このラインは魅力的。
次に場面替わって小さいほうの螺旋階段へ
この狭い空間にこの階段はどうですか。
曲面の壁面と階段の形状による空間が絶妙です。
30代の頃に行ったスペインバルセロナの『サグラダ・ファミリア』の螺旋階段を思い出しました。あそこは無茶苦茶狭いの石の階段が延々と続きますが非常に美しかった。
右手側にうねる階段
左手側にうねる階段
この照明器具は白井晟一のデザインしたもの。
光が乱反射して独特の世界をみせています。
美意識を感じさせるサロン空間
次に白井のインテリア美学がよく表れている『サロンミューゼ』『特別陳列室』へ。
ここの部屋の名前は通称『サロンミューゼ』。天井高3.3mで148㎡の広さ。『特別陳列』天井高2.8mで30㎡。両部屋を合わせて地下1Fの広さと同じ。
そのまま2階に同じスペースを取っています。
暗い空間ですが非常に印象的で美しい空間です。
照明や家具の配置は絶妙で自然光を少しだけ取り入れて象徴的に演出しています。
まさに『白井晟一』の美学そのものです。格調高く荘厳な雰囲気があり、他を寄せ付けない彼独自の世界観。美の価値観ですね。
壁材はしなやかなヴェネツィアンヴェルヴェットの肌触り。木材はいまでは希少価値が高くとても使えないブラジリアンローズウッドをふんだんに使っています。ふつう梁や柱、扉にはあのような贅沢な使い方はしませんので驚嘆しました。現在ではワシントン条約 (CITES) により取引禁止となっている希少な木材です。まさにサロンに相応しい佇まいでした。
『特別陳列室』からサロンを見る。木の扉で仕切っていて人が通るとそのシルエットがかすかに見えて気配を感じる。
こだわりのディテール表現
白井晟一のもうひとつの魅力はこだわりの素材による精緻で美しいディテール表現です。随所に厳しさや深さのようなものを感じます。柱、扉、梁などの木材や建築金物の金属加工などそれにあたります。
韓国から取り寄せた赤い花崗岩。白井は『紅雲石』(こううんせき)と命名したそうです。(当初は国産の『恵那錆石』で決定したものを大幅変更)
薄く切った大理石『オニキス』を天井に使用し、照明が仕込んである。
建築によく使われる『光天井』で大理石の模様を映し出す。
回廊の下側のR曲面の処理が絶妙。下部先端の部分に加工して磨いた御影石を
モールの様に回しています。
エレベーターホールの天井のR処理。緩やかで内包するような壁の演出。
螺旋階段の手すりのデザイン。この形状は一番好きなディテールのひとつ。
『サロンミューゼ』『特別陳列室』仕切る収納式の扉のディテール。
ブラジリアンローズウッドとヴェルヴェットの壁の取り合いの部分。
こんな細部に切り込みを入れるとは。たぶん換気用の通気口??を兼ねた天井の梁
ブラジリアンローズウッドは硬い木材なので加工が難しい筈。
ディテールに完成度の高い設計を施している。
このドアノブのデザイン設計と質感がよかった。ブラジリアンローズウッドの木目や色とマッチして心地よい。
エンブレムは貴族の紋章のようで格調高い。
照明器具、ソファ、椅子は白井家から借用しての今回の展示。通常の企画展では見られない。これら家具や調度品は通常の美術展示の期間は置かれてはいません。
シェードの下の部分は蝋燭の燭台をデザインモチーフにしていたのが伺える。
このデザインはなかなか感心しました。
ブラジリアンローズウッドとガラスの天板によるローテーブル。存在感や個性がありつつも空間に溶け込んでいます。
ローテーブルと照明の組み合わせの演出が素敵だ。
当初、白井は美術展を想定して空間検証のためこのようないくつかの調度品や書、タペストリーなどを持ち込んでいたらしい。
書評から『哲人建築家』『異端の作家』などと言われていますが、単に『美意識』が高く、真摯に自分の思想を貫く建築家なのではと今回の建物を見て感じました。
最後に『白井晟一』は美術館の建設にあたりその後の運営の仕方の確立すなわち創意工夫の高い展示による施設を使う側、使われ方に対してコメントを寄せています。今回の展示は白井がなにをみてどのような世界観を建築で表現したかったか、使う側へなにを望んでいたのか少しだけ理解する機会となりました。
白井晟一が設計したもうひとつの美術館:芹沢銈介美術館本館(石水館)
https://www.seribi.jp/sekisuikan-p.pdf
今回の図録もよいですが更に深い情報を得るなら書籍をおすすめします。
下記サイトでオリジナル商品を販売しています。
よろしくお願いいたします。